見夢録: 2013年10月07日 Blog書斎について

私のWEBサイトはNTTのレンタルサーバーに存在している。
サイトのほかに、WordPressというブログシステムが付帯しているのだが、自己開発のプログラムでは管理が面倒なので、このブログに順次移行しようと考えている。タブレットを使い出したことも影響しているのだが。
要するに、自宅PCや旅行先のタブレットを、自由に使えるノートのような感じで、NTTのサーバーや、Googleのクラウドサーバーや Evernoteのサーバーなどを利用して、どこからでも、自由な形態で、ひとつの作品に複数の端末を集中させたり、それらを公開できるのだ。
これを、仮想的なノート、書斎といっている。パソコンの前で長時間入力するのはとてもハードだが、寝ながらタブレット端末で入力したり、旅先でウイス キー片手に推敲したり、カフェで素材メモを取ったり、作品を公開したり、自由自在。
ネットワークの中に囚われているように見えても、じつは自分の頭の中に原稿用紙とペンがある。囚われない肉体と自由な頭脳。
この数日、作品をこのような感じで書いているが、素材のアレンジも簡単で、古い書き溜めの素材を解体したりして、まるでコンセプトの異なる原稿を書き上げてもみた。どんなものかなあ、と。
しかし、けっこう、加工する作業は捗るし、造形的な面白さもある。なにか、ためていたものが、あふれてくるような気もしている。
また、最近、金石稔さんとのメールのやりとりで、あまり構えずに文章を書くことで、肩の凝りがほぐれたのかもしれない。
年齢的にも怖いものなし、警戒などしないでやりたいことはやる、という気持ちになっているせいなのかも。

旅行していても、入院しても、タブレット端末で自宅PCと連動して原稿が出来上がる。さまざまのクラウドシステムを利用することで、空間的、時間的な、多角的な推敲もできるし、さっと公開もできる。複数の原稿を同時多発的に手をつけることも可能だ。頭をころころ切り替えながらも、筆はかろやかだ。創作意欲というものが、こんなにあふれてくるときがあるのだ。
以前、絵を描き始めたとき、夢遊病者のように四六時中描きっぱなしだった、あの熱情、あるいは執拗さが再現しているのかもしれない。
ちょっと興奮しているのかもしれないけれど。

そんな具合で、おかしくならなければいいのだが、と。