未刊行詩集『空中の書』09: 透明な卵

透明な卵

球体の中に世界が視える
老いた書誌学者の説によれば
つがいの巨人族の
幾何級数的な交接
青みがかった眼の彼方
降る星も消えずに

壁の中に埋る耳
通廊に貼られた跫音
樹齢一千年の黒檀製テーブル
タップダンスを踊る
女の細いかかとが
かんなに削られたように
ガラスの部屋に喰い入る

戦争の夢を語る少女
やわらかな脣の奥
硬質の乳
なによりも尖った臀
体内における血の嵐
殺人者の盥

烟る海へと漕ぎ出してゆく
龍の刺青を誇る腕
数億の日々が
数億の波の棘を渡ってゆく

いま
階段きざはしの下に
ゆらめく卵が
夜の神秘を映す
白髪の友の声音ひくく
ひらたく伸びた掌に
滴となって
燃え落ちる