未刊行詩集『空中の書』10: 頭蓋骨モデルから伝わるもの

頭蓋骨モデルから伝わるもの

闇の傾斜を、張りつめた糸が重なるように、かさかさに涸びた雪片が滑ってゆくのを聞いた。カーテンの蔭の隙間から冷たい風が忍び込むせいでもあったのだろう。骨が噛みつかれるように深い冷たさが肉を包んでいる。それにつれて体が底なしの睡りに就いてはいたのだが、脳味噌は奇妙にうごめきはじめ溌溂としていた。肉が溶け出して床に吸われてでもいるのだろうか。
姿勢だけは謹直なものであった。背筋はきりりと伸ばし、直角に曲げて揃えた両脚の上、ちょうど臍のあたりで呪印さえ結んでいた。瞼を開けようとしたが、固く結ばれたままいかようにも開けることができない。だが何かしら周囲のもののありようが、そのままの状態でも感じられた。特に強く捉えられるのは、机上に埃にまみれたまま放置されている頭蓋骨のモデルの形である。温かなものと冷たいものから発せられる微妙な空気の運動などといったものではない。確かな触覚を伴った明瞭な形である。
数年前に知人から罌粟の一種を押花にしたものを贈られ、それをモデルの中に蔵っていたことを想い出していた。その薄い花びらの透き通ったピンク色が記憶の底から泛んでくる。モデルの中にはもう一つのがらくたが匿されていた。それはジルコンを象嵌した、銀製の、人面をかたどった大きな指環である。異国の骨董屋で買い求めたのだが、女主人の言によるとコメディアンのマスクとのことである。けれども脣を耳まで開いたその顔は俗悪で、いささか呪われたものででもあるかのような畏れを伴っていた。その相貌の面妖さが明瞭に頭の中に感じられる。見えるものは何ひとつないのにすべてが感じられる。奇怪なる至福とでもいえそうな一刻である。
骨格だけを残して、肉体と呼ばれうるあらかたが失われてゆく。まるで聖遺物器の重なりのように。……