未刊行詩集『空中の書』13: 脣の赤い少女

脣の赤い少女

睡りの前に少女のかかとを見る ガラスのように尖った神秘が眼の中を疾る ほそい骨とアンスリウム、夢を充たす妖しい香り 階段は世界の貌 風とともに日々を駈ける えたいの知れない白い影が背中を蔽う 喉が渇く 手を伸ばして冷たい水を啜る ビールは明方のためにとっておこう 烟草が沁る 隣には裸の女が眠っているので音楽は流せない あなたのために父の通夜を準備するわ、死者の肉を刺身にすると魂は永劫不滅よ 扉を敲く音は精神に悪い 掌は手首のために造られ、指は心臓を掴むためにある 電車の中で黄色のブラウスを着た娘を眺め、返された視線に頭がかすむ 西瓜の種が絨緞に埋っている 鳩尾の疼き、力のない咳 ほそい露地で自殺した男の密葬が行われる 夏らしくもない長い雨、一人三合と書かれた貼紙を見ては独酌の手もふるえる あたたかな女児の膝に触れて見上げると、童女は死体を刺身にしている 澄んだ瞳と真赤な脣の童女の首はない 羽蟻が涌き出し建物は水蜜桃のように朽ちてゆく 夜明の晩、後ろの正面、童女の群が不吉な輪を作る 教室で食事をしている子供らの前で、禿頭の男がコッペパンを御幣にして神妙に坐っている 扇風機から洩れる古い風、呼吸をおびやかす風 絨緞に埋った骨は見つからない 戸棚から銅貨を盗み出した少年は翌日まで帰らない 化石を採りに山へ登ると強姦現場に達していた ハンカチーフには血のしみがつき、後ろに置かれた少女の指先には涙 睡魔とともに雨が降る 軒下の下着が盗まれる 少女の膝は成長にしたがい冷えてゆく 地下鉄のホームで会ったときには疲労の色が濃い 緋色の衣裳が翻る 顕微鏡を覗くと、尻尾のある無数の悪魔が蠢いている 教師は少女を集めて秘密の講義をする 数日後、辞令が出て僻村に逼塞する 色の黒い女生徒が後をつける ほそい脚には投げやりな愛、シャツを破ってからは二度と出会わない 漁港で身を持ち崩しているに違いない 肌色の鳥が四肢を広げて夢の空を翔けてゆく 醜くもあり美しくもあり、眼の中はいびつに