未刊行詩集『空中の書』14: 魂の滋養

魂の滋養

受話器から洩れる魂の誘惑 あくことない耽溺 室内の細い光が街路へ抜ける 電灯の軋みを合図に地図に記されていない町まで疾る 到着したのは約束の刻限を大幅に超過してからである 暦の下で困惑する少女よ 廻転扉から歴史は始まる 青いぬめ アルミニウムの鏡板パネル 古色蒼然とした円舞曲ワルツ 腕の交叉は下半身にて破られる 折れ曲った肢体から尿のように噴き出る夢 魔物の影が漂う 長い鎖を静かにインク壷に漬け夜啼きの烏を描く 闇はいっそう深まりついに凝固する 仕掛けのある空箱に棲む花嫁 鰐の恋人よ 純白の下着が義歯とともに外される 瞑想など不要だ 皓々とした珠玉が爪が言葉が黒々と伸張している 南の島では五色の慾望が 瞼の下では蝋燭が 天井から風がそよぐ 星々の移動が突発的な予定調和をしでかす いびつな乳房 二つに割れる乳暈 鋭い腰 沈み込むような尻 深く愛すると肉体は泥になる 頭脳も鬱血する 髪の毛に毒虫が貼りつき赤い舌を覗かせて冷笑 季節が外れると関節に痛みが疾る 押し寄せる齢とは一条の螺旋であろうか 背中から尾へと向う刃物 魚の臓物に南十字の吐息が匿され旋毛風が舞う 水道路の遺跡から登場する生物は両足を揃えて跳躍しながら磁気を食す 星間物質は倉庫で逼塞している おお鏡の中で燃えつきる踊り子ダンサーよ 挨拶を交わす さすがに疲労は隠せない 面影のうちに種属もなく調理人の熱いまなざしもなくただ往き来する書物の記名がなびいている たとえば硝子張りの字引きとか棲処を失った羽虫 溝の消えたレコード かすかな思い違いから鍵を紛失する ひからびたしがらみに映じる幼児の幻惑 祭の爆竹がはぜる 走馬灯に初寝の影が添えられる 地震の起ったときに寄宿舎の屋上から海の彼方の炎を見る 洗濯物は竿に吊られて濡れている 電信柱には骨盤 嫌な顔をするな 鉄拳が飛ぶぞ 裏通りには首のない変死体 壁の中には数奇の運命を終えた老婆 館には魍魎の出没の儀 夜は更ける いやまして絢爛の夜 数軒の呑屋を経ても薔薇の花束はしおれない 睡魔の中で次々に裸にされる少女 低温で茹られる黄身 女どもが真っ先に弑される 恋人を下水管に流した男が強力な下剤を服む 受皿に果実の種が落とされる 体を引き緊め酒をあおる 夜風が実に快適だ 遠心力の効用とは客船を見事に沈没させる点にある 緩慢な波を分けて蒸気機関車が青白い烟を吐く 海底に向って老衰する 古代語は白蟻によく馴染んでいる ともに魂の滋養だ 筋肉から弾き出て素敵に印象的な紅蓮の布となる めくるめく即興曲 幻妖なる画布 不思議の国の扉 不眠症の決り文句だ 柱時計が酸化する 火傷を何度も負う 夜が明けても空は暗い 羽を借用して雨の朝を渡ろうか 空白の数行とともに