未刊行詩集『空中の書』19: 人類の鉱脈

人類の鉱脈
  ――薄倖の叔母・大迫静子に

最初に出会ったのは優しい眼をした狂女であった。眷属の一人であるから雰囲気は思い浮かぶのだが、明瞭な顔の輪郭は記憶の底に沈んでいる。雪が降っていたのかも知れぬが、降っていなかったのかも知れない。まだ晩秋の頃であったかも知れない。田圃の傍の清らかなせせらぎで洗い物をしている後ろ姿も、和服であったようにも思えるが、判然としない。振り返った女と言葉を交しているのだが、何を喋ったのか、たぶん挨拶をしたのだろうが、その貌ともども思い出すことはできない。もしかすると、彼女に関する思い出とは、後年になって一族の不可思議な秘匿の匂いと証言によって組み立てられたに過ぎないものなのかも知れない。
だが、たしかに最初に会ったのは彼女のはずである。逆算すると、二十三、四歳、それ以降は知らない。