寄稿: 佐藤裕子 「石の囁き」

石の囁き 佐藤裕子

緑灰に斑が入った卵を呑むと目礼がひとつ走り野の始まり
 日向で干乾びた長い舌に幻肢を与え包囲する働き蟻
清らかな物は胸を抉る思い掛けない汚れを暴く夥しい正視
 屍骸を喰う腐葉土で肉化する声耳の数ほど多情な趣
逃げても探しても森から帰っても帰らなくても日没は門限
 息絶え寝室は乱丁した備忘録省かれる予鈴取り次ぎ
枝折りを忘れ踏む花に新しい花片を散らし誘き出す嗜血癖
 煮溶ろけた起床就寝の歯車食卓で荒び萎えた好奇心
光は燃え硝子の灰焼けた眼が諳んじる鳥瞰喉に戻る物の形
 死斑は滴り歪な球形を並べる啄ばむ嘴に深海の染み
均衡を支える両腕が飛び火を防ぐ傷口を開き生じる羽撃き
 鳥葬の台で独り妊る禁じられた問いは錠に重ねた閂
苦く膿んだ鍍金を嘴で剥ぎ窓を転げながら発達する複乳腺
 沈めた木漏れ日を川底に仕掛け大樹を昇る寡婦の星
褥は空席鳥も女も錯誤の仮眠一夜と数えられる坩堝を彩り

(2016.3.10)