寄稿: 佐藤裕子「帰還 III」

帰還 III 佐藤裕子

撫子一輪を添え朝霧が取り出す楽器は目覚めを遅らせる曲線
季違いの花と花を掛け合わせ奏でる調べ鳥瞰で捕らえた彩り
秤が違えば呼称も値も異なる貢物は過分な寓意を喜色に窺う
花粉に塗れた蘂を数え新たな眩暈を鼻腔に科する庭園の石女
情緒不安定な主人から学んだ読心術は悉く使役と化した守護
手前で裏切る予感を乞う不信は陰の性二重の自虐を弄ぶ紐帯
石を積み背を伸ばし天辺目掛け石を落とす南方の鳥の高笑い
感応は遠目にも音波を吸い熱帯植物園のドームを叩く狂い耳
趣向を変え見せ方に長けると露悪も徒労も純度に他ならない
日没前大樹の影が透かす埋葬囚われの庭であることを教える
戸惑いは怯えを含み見合わず歩調は簡素な音で暗黙を満たす
聳え立つ十六夜に望郷を錯覚させる星状花の貞淑な起居振舞
悲劇であれば長袖は禁物腕を上げ青褪め浮いた道筋を鎮める

(2016.4.16)