寄稿: 佐藤裕子「帰還 IV」

帰還 IV 佐藤裕子

松林が一方向へ靡く海底から掬った漂砂に噛まれる船を曳く
手擦れた鞄結んだ紐千切れ破れ声声も無く文番号飴色の手帖
いつの間にか現れては消える夜光虫濡れた胴衣で光るランプ
水を逃れた行き止まり境界の岸辺炎熱に追われた行き止まり
漁師たちの言葉通り変わる風は巡査が指したサーベルの方角
中身を振り切り握力で歪んだガラス壜が擦れた罫線を転がる
金無垢が歪む荒々しい指は瞼を開き数多の瞳をひとつにした
街は一目で皮膚が粟立つ違和を緑地帯と云う空き地に備える
水を巡らし飲み尽くされようと傾く樹幹腕を伸べる人の姿形
憶えているのかギロチン窓は暮れ始め視野へ室内を引き渡す
遠い処から戻り眼に入る光が独白する今日は昨日の明日だと
一旦は結実した羽毛の闇が雲の形を目印に行動半径内で迷う
後先を読む臆病な生き物が手で受けた罰斑点を残す朱夏の鞭

(2016.4.16)