寄稿: 佐藤裕子「廃園」

廃園 佐藤裕子

摩擦で剥がれ冷熱で砕けた月の箔が降り掛かり見る静けさ
 ラジオは無風を受信し聞きたければ聞こえる花の香
錆びた関節にも蜜蝋を含ませ楽師は待つ無言に従う奏鳴曲
 アールグレイは蒸発し数え切れない雨が乾く受け皿
花盗人を捕らえた大樹に深い条痕緑陰さえも蝕まれたまま
 竪琴の天使達が小枝を組む台詞を思い出す昔日の庭
傾いたテーブルは叢を払い病葉を摘む花籠から滴るリボン
 戯れが過ぎれば長い夜不穏な濁りの澄まない温度差
回転覗き絵の厚紙を首飾りにして横たわる胸像のレプリカ
 眼窩へ詰めた月光は身動ぎ続きを見せる夥しい落花
中庭で晩餐が始まる赤と黒で隈取した客が到着したならば
 背信には無関心躊躇いは許さない蔓薔薇は閉じた扉
迷う者を送り出す祝福の真似事と偽の査証で跡形ない昇華
 アーチだけは欲しいと頷く少女の足許で戦慄く指は
前触れもなく青銅に変わり霞んで行くそれは己の手だった

(2016.8.4)