寄稿: 佐藤裕子「月蝕の姫」

月蝕の姫 佐藤裕子

疫病に関する舞踏劇に於いて非常口消灯閉鎖全ての波遮断
 烈日は跡形もない宴席で予め目撃者を独りに還す為
狭い稽古場で緒を切り生まれた怖気は闇を生み広がる闇へ
 狙わずして縋る種払う仕草に絡み付く繊毛無痛の棘
碧空を閉ざし黒色を捧げる辺境の湖底の目蓋のない目まで
 洗面を繰り返し隙だらけになった南風に乗り町外れ
臙脂色の蛹が夢想する雨の前雨の後鉄骨の星宿を踏む毛脛
 腋芽で掴む鳥は捕らえ難い引き寄せ送り込む上腕筋
襟元へ逃がす虫羽虫滑る魚熱気に重い足取りは十重二十重
 前後の鞭をかわす上体は撓り病が怖れる火炎の揺れ
変色する衣装闇を取り込み背から腋から滲む影に入る舞姫
 天を指し解熱は一息の気配次の夢へ渡る群舞は解け
科白はなかったのか物語はあったのか鳴禽の絵言葉は絶え
 蛇苺の唇は無味無毒何にも感染しない抗体夜明け前
念には念を入れ掛金が下りる火串松明猟へ出るように開演

(2017.3.25)