寄稿: 佐藤裕子「十六夜」

十六夜 佐藤裕子

見納めになる岬の塔も鏡の水場も初めて眺めたものばかり
 他人の地所を通ることなく行列は隣国へと動き出し
一度出たら二度と入れぬ門前でまだ足踏みする供の者たち
 日に数センチの布を織る織り子は何代お針子は不眠
今日を待って道は敷かれ山の斜面へ海の際まで広がった町
 経緯は端本となり求める度に違う記述を説く信憑性
糸も乱れぬ儀式の厳しきと緊張は中程から緩み祭の賑わい
 いつの間にか住みついて自らを失踪者と呼ぶ人人に
道すがら加わる足弱は手を引かれ遅れた幼児は背中で寝息
 調子外れの輪唱が届くと五線を整える道化の無言劇
頂に着いた頃被り物を取る女たちは血縁を思わせる面差し
 真珠を喉に含みましたと言う素振りで静かな微笑み
兆なく暮れた帳の向こう朝を呼び夜を呼ぶ早回しの手招き
 満ちた月を合図に長蛇の列は一日を掛けた将棋倒し
避難だったか輿入れだったか戴冠した嬰児独りが越す国境

(2017.3.25)