連載【第018回】: 散文詩による小説: Dance Obscura: blood wedding 2

 blood wedding 2
――まさに〈私〉が息を終えようとしているその刹那に、〈私〉を唆して飛び立たせようとするものがいるのだ。〈私〉は羽撃くものではないし、翼、鰭、跳躍に適う強い脚をもつものでもない。天使のように無残な光輪も、醜く硬直した幼児的な微笑も持たない。ただ、たしかに深い憎悪と鋭い敵意を抱きながら囚われつづけている、まさにその接触面にいるのである。〈私〉を解放しようするものが現れたとしても、〈私〉はその欺瞞と悪意を見破り、何ものに対しても完全な侮蔑と敵意を失うことはないだろう。〈私〉はあなたに対してさえも、またこうした自分自身の重複せざるをえない意識の連鎖に対してさえも、〈私〉を囚えているものに対する反抗と同質の〈反抗への意志〉を欠かすことはないだろう。

 意識Bは遠い宇宙の起源、物質の起源の記憶を持っているのだろうか。完全なる反撥とは対称性と関連している。粒子と反粒子は、どちらがどちらを生成させたのか、あるいはどちらが起源なのか。そこには電磁力というよりも重力の秘密があるようだ。空の状態から物質と反物質が生まれるということは、空の場からさらに二つの対称性を持つ場が生まれたということにならないか。空は消滅するが、重力はそれをこの二つの対称性に分かつと同時にその根元であるから、そもそも二つは重力によって惹きつけあうのだ。そして、いずれ、遠い距離と時間を経て元に回帰することが予測される。
 意識Bは孤立した反抗者だが、生成したのか分裂したのか、内包なのか外延なのか、いずれにしてもそこには徹底した反抗する分身が存在するようだ。

 意識Bの分身であるB´は、Bと同時に、異なった磁場でモノローグをつづける。つまり、Bのことばの底にB´のことばは含まれ、B´もまた匿されていたのである。そのB´はすでに失われた者たちの列の向こう側にあり、暗い眼窩の奥にある空虚は蒼く銹び落ちようとすることばの(ほむら)に閉ざされている。B´にまつわる記憶といえば、ことばの持つ磁力と重力の激突を想起させるハレーションというべきかもしれない。ただ、ときおり、血腥いものが曲面と曲面のつなぎ目、曲率の移動するあたりに沁み出していた。それはB´が重力を認識しはじめてから、B´の内部へと沁み込む重力の形象。B´の内部はBの失われた領域、非在という部分。(血の婚礼)