連載【第037回】: 散文詩による小説: Dance Obscura: sleepless forest 3

 sleepless forest 3
 癌細胞「そもそも自分が質的に異なる生物なのか、あるいは分類学的に別種なのか、それともたんに異物なのか、侵入者なのか、どの立場から評価されて修復の対象になっているのだろうか」
 細密画家「そのとき私は作為的なことを考えずに、指のままに、筆先のなせるままに、オートマチックな行為に埋没し、増殖したり消滅したりする小さなものたちの思いをひっきりなしに追いかけていたような気がする。刺したり刺されたり、侵したり侵されたりするさまはまるで生殖と同じ行為だ」
 癌細胞「まずそのことを指摘しておく。生殖こそファシズムなのだと。画家であるおまえは正常細胞と異常細胞のどちらの出自もその未来も同じものだということを述べているに違いない」
 サディ現象「異常細胞は、植物の造形や、あるサイズを持つ生命のかたまりが、運命づけられた成長計画と切り離され、恣意的な自己成長のかつてなかった組み合わせを創造し、増殖していく」

 細密画家「たしかに癌細胞の遺伝子変異はより高度な技術を持っているのかもしれない。その姿態をグロテスクと見るのは、グロテスクな生命進化の世界で最も美しいものに出会っていることを忘れているからだ」
 癌細胞「それはこれまでの治療の古い歴史に沿うことでもなく、治癒という概念に囚われることでもない。目の前の劇的な新薬に心奪われ、運命とも寿命ともつかぬものに支配されているのだから」
 サディ現象「画家の主張する純粋美術とはイメージの世界のことで、物質的存在ではない。しかし、それはやはり物質的環境、とりわけ経済的価値の問題なのだ。つまり、美術的価値とはどこまでいっても価格評価の問題にすぎない」
 細密画家「しかし、私の用いるイメージの素材はそれぞれの存在の目的・理由とは無関係に、ミクロの世界では肉眼では見ることはできないし、機械的な方法を使っても到達はできない。数学的な手法、物理学的な思考を使う以外には」(つづく)