連載【第054回】: 散文詩による小説: Dance Obscura: nightmare I: 〈reminiscence〉

 nightmare I

 〈reminiscence〉
 私はいつの間にここに佇んでいるのだろう。それにしても、この場所とはどこか?  特定できない場所、特定できない状態。私はひとつの仕事を終えて、一挙に老衰に襲われているのだろうか。

 小高い丘に挟まれた旧都市が靄の中に浮かんでいた。地方と結ばれた街道につながるロータリーとその傍にある古い劇場のあたりに、寂れた盛り場が現れる。広場から少し外れた湿地は高い鉄柵に囲まれ、小さな橋を降りると、錆びついた装飾のある扉が半ば開かれ、その奥には広い墓地が広がり、中世からの墓石や墓碑、納骨碑がつづいている。谷底の周囲には人骨が絡み合ったかのような、不吉な灌木の叢林がある。その低地を抜けた外れには、古代の洞窟を入口にした地下墓地が、この都市全体に張りめぐらされている。
 地上の墓地を登ると、壊れかけた路傍の石積みや石垣の残る舗道がつづき、丘に向かう坂の途中には緩やかな小さな石畳もあり、そこから段差のある小径や曲がりくねった石段を伝って急峻な傾斜を辿ると、城壁と通路の入り組んだ区画に到達する。尖塔のある大きな教会や、石塀に囲まれた新旧の石造の館の奥には、レンガや石畳の敷きつめられた円形の中央広場が広がり、街灯のオレンジ色の光がゆらめき、敷石の表面が反射し始めている。坂道の谷側の、鎖で繋がれた柵から俯瞰する街の輪郭には、すでに重い夕陽が光のトーンを落としながら、急ぎ足で帰途につく人の群にどんよりとした影を添えている。
 私は、古い追憶から、この現実の街に異国の都会の姿を重ねているのだ。旅は夢、過ぎし時間さえ、この場所にあっては平坦な地層だ。それにしても、ああ、夕暮れの雑踏、冬の立ち枯れ、濡れた街路。どこまでも続いている時間の帯。幻は亡霊とともに蘇る。繁栄と没落の、なだらかな歴史の陥穽に。
 高名な詩人や哲学者の眠る荒涼とした窪地の反対側にある丘には、画商の営む画廊やアトリエ、小さなレストラン、ダンスホール、ホテルの混在している地区がある。その入り組んだ路地に林立する建物の窓には鉢植えの花が賑やかに並び、その奥からワルツに混じって原色の夜の灯がこぼれている。通りの街灯はまだ点っていないが、すでに空は薄暗く、霧が降りるにつれて夜の気配が濃密になる。人台(マネキン)の長い首や格好のいい脚が突き出しているブティックの飾り窓からは、界隈に構える店の繁忙ぶりもうかがわれる。若い詩人や画家や踊り子たちの生活していた通りなのだろうか。もちろん、アルコールや薬物漬けの廃人や、売春をなりわいにした者も屯ろしていたはずだ。少年の手首を貫く銃弾さえも。(悪夢I〈回想の都市〉)