連載【第069回】: 散文詩による小説: Dance Obscura: nightmare III: 〈toenail claw〉

 nightmare III

 〈toenail claw〉
 おまえを逮捕する。よけいなことを考えているから、おれたちが出張る羽目になったのだ。公安とは別に、非公然の秘密組織があるなどとは知らないだろう。おれたちは秘密保護法と共謀罪法によって、国家保安本部4局に属する、国家の敵を対象にした防諜、摘発組織なのだ。
 夜と霧にまぎれて、映画に出てくる暗殺隊のように、黒いコートを着、黒い手袋をはめ、濃いサングラスをしている。透明になって、市民の中に同化してしまうこともある。捜査や逮捕における権限の行使については、一切の制限はない。事前通告もなく、突然の襲撃と逮捕から逃れることはできない。
 拳銃を口の中に押し込むと、これをしゃぶっていろ、と命じる。覚醒剤の常習を窺わせる注射痕のためか、秘密警察官の腕には青痣が何箇所にも残されている。とろんとした表情に血走った目、耳まで裂けた赤い唇が異様な精神状態を示している。火薬の匂いのする銃口、たしかに鉄は血の味がする。
 おまえにはもう自由はない。永遠に。黙秘権もない。どうせ裁判も不要だ。もともと法なんて嘘っぱちだ。民主主義なんてものは、ギリシア時代からおまえたちの側にはないのだ。ところで、病院の鉄格子と刑務所の鉄格子と、どっちがいい。それとも、身元不明の死体になるか。

 私は尻を丸裸にされ、四つん這いになった後ろから肛門の検査をされる。性病と痔の検査。しかし、鑑別されるのは恥辱による服従心。ゴム手袋をつけた指が肛門の中を探る。薬物とか凶器の所持を疑っているのかもしれない。人間の体なんて、何かを隠す道具でしかない。
 恐らく私は体中を紅潮させていたに違いない。権力は人間を逆さまに吊るし、虫けらのように支配するのだ。組織の男たちはロープを使って、私を縛り上げ、天井からぶら下げる。裸に剝いた私をゴム棒や乗馬用の鞭で打ちすえる。コンクリートがむき出しにされた天井には裸電球が灯り、壁面では蝋燭が揺らめいている。ここは叛逆者を弾圧するための拷問部屋なのか、あるいは隠微な欲情が渦巻いているだけなのか、虫けらの私には知る由もない。石の床には剥がされた(あしゆび)の爪が残されていた。(悪夢 III〈(あしゆび)の爪〉)