連載【第072回】: 散文詩による小説: Dance Obscura: nightmare III: 〈transformation〉

 nightmare III

 〈transformation〉
 たしかに微熱を帯びていて、心理状態がすこぶる悪化している。そしてその状態が全身の関節から神経を伝って、ネットワークを作っていくのだろう。神経システムに攻撃を受けているのだ。そのことに、もはや抗えないことが腹立たしいのかもしれない。呼吸を繰り返せば腫れた扁桃腺が引き攣るように重く反応するし、何よりも末端の神経が軋むと瞬時に伝播する疼痛が思考を裁断するのである。
 精神病棟の奥から、細い声がする。
 あたしよ、あたしがいるわ。
 そのような声を実際の声音とともに聴いているのはなぜか。その女性的なことばと弱々しい音。自分が女性化した意識を、対象として望んでいるということなのか。自分の中に女が住み始めている。性器が同居し始めている。自分は理性的で、それほど破綻のない思考と感受性でここにいるという自負はある。それにもかかわらず、ここにいるというだけで、苛々するような痛みがその日常を制してくる。珊瑚礁に棲息するクマノミが変態するとき、海水の圧力は関係しているのだろうか。その変態には何かしらの悲哀が込められているのかもしれない。そして、その圧力に押しつぶされている、もうひとつの感覚を認めている自分の中の日常の、あの女の声。あの女の何を触ったのか。あの女は何も反応しなかったのではないか。しかし、しばらくすると、そのことについて生じたいささか強い感情と思考の持続の中で、自分の中の女の声が失われていったのである。

 室内に冷気が立ち罩め、高揚感が鎮静し始めていたため、それは明確とはいえない肉体現象なのかもしれない。だが、この現象は痛みとともに、ある事態を蔽い隠すような稀薄化なのではないか。いずれにしても、あたしの味方、あたしの思考の側にあるものではないような気がする。(悪夢III〈変態〉)