連載【第073回】: 散文詩による小説: Dance Obscura: nightmare III: 〈peninsula〉

 nightmare III

 〈peninsula〉
 そのときの私は、敗戦直後の関東軍にいて、通化事件に遭遇していた。この虐殺事件は、関東軍、国民党軍、中国共産党軍、朝鮮人民義勇軍の引き起こした謀略戦であった。それぞれが裏工作でつながり、武器を持たない日本の哀れな居留民や無力な兵卒たちを欺き、利用して、四つの勢力の利益分配を画策したものである。
 私たちはそのとき、財産を抱えていち早く逃亡する将官や下士官に置き去りにされ、居留民を守るための抵抗戦に徒手空拳で駆り出され、その挙句に一網打尽で鎮圧され、囚われの身となり、筆舌に尽くし難い厄災に襲われたのだ。
 その厳冬の夜、私は留置場にされた馬小屋で、丸裸のまま後ろ手を針金で縛られていた。天井の梁から吊られて、小銃で殴られ、激しい拷問のあげく、銃殺を宣告された。そして、すでに銃殺され、戸外に山積みされた死体の中に、生きたまま放り込まれた。処刑の銃撃は盲撃ちだったに違いない。裸のまま気絶していた私は、死体の山の中で凍えずに済んだのだが、翌朝、生きているのが発見され、獄房に移された。その後、いくつかの苦難を経て、医師であった私は中国軍の軍医に留用されて生き永らえた。軍で再教育され、結婚し、子をもうけ、長征の後、帰国して秘密裡に工作隊に所属した。母国の秘密警察にも所属していた。魂などどこにもない。
 黒い外套、手袋、黒眼鏡の出で立ちで二重スパイもどきだ。旧帝国軍だろうが共産軍だろうが、戦勝国だろうが敗戦国だろうが、軍隊組織のやることに変わりない。軍に正義などない。軍隊とは人殺しの組織だ。権力の庇護の下に、抑圧と殺人の悪鬼じみた所業をなす狂人集団なのだ。DNAの連鎖が、次の世界に、次の世代の私を送りつづけて。
(悪夢 III〈半島〉)