連載【第085回】: 散文詩による小説: Dance Obscura: dance obscura 4: 〈astral body〉

 dance obscura 4

 〈astral body〉
 素敵ね、あなたの歌声は。隣のベッドで死期の間近な同病者に優しく声をかける。自分はすでに喉を痛めて掠れた声なので、そう書いた手紙を渡してくれと。私は翌日に死期を迎えるあなたの優しい最後のメッセージを、隣人に手渡すことになったが、よもや、あなたが翌日に命が絶えるなどとは思いもしなかった。

 関係者の間では不思議な噂が広まっていた。あたしがいろんなところに出没するというのだ。娘時代からの親友のマンションには猫の口からあたしが現れたと告げられたという。娘のつれあいは、後ろ向きになった彼の左の耳から右の耳を、頭の中を通って気持ちのいい空気が走ったというのだ。心に沁み入る音楽が聞こえたともいう。あたしが死の前日に訴えた不思議なメロディのことかしら。 あの疲れ切ったひとの冷たい足に、あたしは柔らかで温かい思いを込めていた。あの人は気づいたかしら。冷え切って重くなっていた両足が、軽々と暖かい春の日を歩くように素敵な足取りになっていることに。あたしはいつでもあなたに付き添っているのよ。

 それでも、あなたは幽霊ではない。幽かに厳かな幽体なのだ。薄暗い高架橋の下で、私の横に並んで歩き、肩をすり抜けると、後ろを振り返りざま背を落として顔の下から唇を求める。そして、あなたの舌を私の舌に絡ませる。透明な体と、透明なセクシュアリズムが交錯する。あなたは体なのだ、霊体ではないのだから。
 あなたは白いワンピースを羽のようにふわふわさせて、水しぶきを上げる遊覧船の上で踊る。それを見た友人たちがいた。あれは新婚当時に水遊びに出かけていた彼女に違いない。エロティックに両足をにじらせているもの。そのにじり寄る二つの太ももは胸を引き絞る悲しさだ。私はこらえきれなく、抱きしめたい強い思いに涙する。
 幽体とは思考の形を外郭として保っているのだ。見えるか見えないのかのあわいで、ゆらめくあなたの心の形が光となって、私の体をすり抜けていく。そして、この空間をこの次元をふわふわと通り抜けていく。いつかまた、この世界の物質として結合して、私とふたたび邂逅するのだろうか。(dance obscura 4〈幽体〉) 次回最終回

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