魔の満月 詩篇「貝殻伝説」 (ゆけども間断なく書物は……)

柄に鞣皮を巻きつけた黄金の剣こそ切っ尖鋭く時を支える振子である
腐った海産物が黎明の食卓に盛られている
貝殻を盗んだ失寵者は行き止りの街路へと逃れてゆく
前途を妨げる五六人の若者を薙ぎ倒してはみたものの一本道で曲り角を間違える
正統な嫡子とは墓場への案内人だ
丘の公園から俯瞰する港は靄の中に封じられている
茸のように艶しい花弁から赤い毒液が流れるともう親密な明方である
そよそよと光が走る
鉱物の中を游ぐ花
王冠を戴いた蛞蝓なめくじがあぶくの裡に匿される
滴のように垂れ下った単眼を嫌って巻貝は胎児を追放する
中央に三つの孔をもつ球が毛羽を戦がせ太陽へと向う
平穏な日輪は癌細胞であった
神秘な微笑から洩れる鎖状球菌が健やかな朝を放擲する
錆ついた宝物庫に腸詰がぶら下り至る所の余白にはなにものかの血が供されている
奥付に巣喰う黄金虫よ
書物は何処に展げられているのだろう
失明を招ぶ薔薇鉄条の夜々

(初出 詩誌『地獄第七界に君臨する大王は地上に顕現し人体宇宙の中枢に大洪水を齎すであろうか』第2号 略称フネ/昭和50年刊/発行人・紙田彰/初出誌では「連作詩篇 魔の満月・第三部」の一 1975)