魔の満月 詩集「魔の満月」跋 (「紙田彰の詩」入沢康夫)

紙田彰の詩(抄録)  入沢康夫

(略)
 紙田彰氏の詩が、ずばぬけて豊かなエネルギー感と、将来への可能性を持つてゐることは、一見して読みとれるところだ。しかし、またここには、多くの危険な間道がいたるところにあつて、いつたんそこへ踏み込まうものなら、いはゆる「ヘボ筋」へ迷ひ込んで、とり返しがつかないことになりかねない、さうした感じを強く与へるのも事実である。もつとも、私は、このことを、紙田氏の詩のマイナス面とは思はないのだ。豊かな可能性と、数々の危険とを、同時にかかへ込み、その劒ヶ峰で、一歩一歩を運んでゐる詩人、そんな詩人だけが、私の関心を強く惹く。それにしても、このやうな詩人については、はたから、はらはらしながら見守つてゐるより仕方がないものである。ほめてみても、けなしてみても、すべての言葉はおざなりな響きを立てるばかり、それに第一、当の詩人の耳にはきこえつこないのだ。当人は、いはば生死のせとぎはで辛うじて歩みを進めてゐる最中なのだから。
 ここに集められた紙田氏の詩篇、とりわけ長詩「魔の満月」は、まさしく右に述べたやうな意味で、私にはじつにじつに興味深い。そして、この詩人が、無数の危機をうまく乗り切つて、前人未踏の詩境へ到達する日を、「はらはらしながら」期待してゐるのである。