[資料] 戒厳令下の北京を訪ねて【上海篇】[07](直江屋緑字斎)

戒厳令下の北京を訪ねて【上海篇】[07]

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 今度の事件で、学生、市民、労働者、農民、さまざまの階層の人々が思っているものはそれぞれに違っているというのは明白だが、その違いのままで、たしかに100万人という自然発生性を生み出したことも事実なのだ。それはまた、この国の裸の姿が現れたということなのだろうか。もしかすると、この国では未だかつて革命などなかったのではないか、という強い疑惑を抱いていることを私は隠そうとは思わない。
 しかし、人々はそれぞれの場所で確実に生きているわけで、そのような点からは支配の形と支配の強圧と、これはもっとも考えられることだが、支配者の思惑ほどには支配の絶対的な力は永遠ではないということがあるに違いない。
 とくに、この国の人間の数、国土の広大さ、歴史がおそらく200年の厚みで現在にそのまま存在していることを考えると、この40年の共産主義運動がなしえたのは、点と線の支配でしかないことを明らかにしたということなのだろう。
 この国の支配者がなしているのは、確固たる封建制度を本質にした農業政策、政策としての文盲の放置、農村部の教育をはじめとした文化、生活環境の放置、道具としての革命理論、不平等をいっそう深刻にする閨閥官僚主義、経済技術としての近代化、国内支配と対外政策のための軍の近代化、核兵器の装備、国内矛盾をさらに拡大させる集中的な都市政策というものであり、それに対応する人々の現実は、近代国家から見ると200年は遡ったところから現代までがそのままごちゃ混ぜになったまま存在しているのだ。
 もちろん、この200年が遅れているから駄目だなどという論議は、これは先進国が進んでいるという錯覚と同じで、外野からの手前勝手な空想で、それをどう考えるかということはその中で生活する人々自身であるということはいうまでもない。
 文化と生活というものは、なにも西欧的進化論における物質主義ばかりではないからだ。
 しかし、人間と権力、抑圧という問題は、文化圏とか生活圏の違いということだけでは片づけられない、さらに本質的なものがある。なぜなら、これは上の「どう考えるか」ということを物理的に不可能にするからである。つまり、「それ以前」の問題であるからだ。そして、ひとつの社会の中における人々の生活とか権利の極端な不平等という問題も同じことがいえる。だからこそ、封建社会からブルジョア民主主義革命が発生するのだ。