寄稿: 佐藤裕子「帰還 II」

帰還 II 佐藤裕子

肉腫であろうと火脹れであろうと張り詰め受容ごと未生の時
星の群生を目撃した日から皮膚は滑らかに胞衣の役割を負う
熟れた水面の闇では足りず覗き込んだ人影さえ覆いに借りる
目は指よりも正確に触る伏せた目蓋を象る繭の無慈悲な官能
詩人は潰え幾世紀呪詛が贈る海は生暖かく密着し眼底を研ぐ
沈む魚の疲労も髪を結い髪を解く女も視覚から生まれる感触
獄の捕囚は水溶性で鋼の爪は発火せず星屑に変わる鉱物麟粉
望みが水葬ならば碇を焼き切る寝返りで摩天楼の舫いを解く
彼方まで毒を及ぼす詩篇の不死焚書と火刑の熱狂を引き摺り
あろう筈が無くても血文字或いは誰の声も求めない水の静謐
帳が謗る怠惰を知らず晩鐘は敷き終えた油膜へ紅薔薇を暈す
書物は扉を開き嗅覚を携え四肢の先端は視界を開くことばは
槌を振り痙攣へ没した風を水盤から放つ軀を連れて夢を出る

(2016.4.16)