寄稿: 佐藤裕子「女狐」

女狐 佐藤裕子

襟元の斑が物憂いドレスは湿原で染めた裏絹夏毛を遊ばせ
 獲物を分け合わない雄たちなど見向きもせず野末へ
手荒に施錠を解く不揃いの覚醒時折り眠気を握り返す寒気
 根を広げ繊毛は走る五官を備え旅装を設え土を撓め
変態する虫の懐中時計風向計に立ち止まり不意に嘶く草笛
 急いた芽を噛むとき後退る味蕾押し除け熱持つ裏声
煙り始めた背景が点点と粒立つ額を反らせ受け取る輪投げ
 定理を示す谷地眼の邪な従姉妹はジョーカーも兼ね
明晰に捌く多重根泥が滲む頬に迷彩を刷く雨模様の気後れ
 目覚めてみれば月光は気怠く喉の辺で湧水は生煮え
臙脂色の絶縁体を境に挟み放電した三日月の顔はうろ覚え
 ケンタウロスのガラスブロックが十も二十も欠けて
巡り巡る季節を憶えていて滾るだけ滾り定まらず時間切れ
 嫉ましいほど美しい銀髪の王瞳が合えば攻撃サイン
蛇を呑むとき口から入り玉門を抜けるどこか肉感のある風

(2016.8.4)