寄稿: 佐藤裕子「宝石箱」

宝石箱 佐藤裕子

喉も嗄れた迦陵頻伽貝殻細工の比翼鳥彫金のマーガレット
 帯留にしたと云う襟飾りエナメル蜻蛉はアールデコ
黒帝の褥で炎えた風花は荒玉のまま掌で弄ぶ時白湯の微温
 象牙も知らず貂も知らずリボンが掛かった動物図鑑
叔父の恋文は出さず仕舞い切手の乙女が接吻けるビードロ
 露西亜語のテープが残る下船して海にいるなら珊瑚
浪漫主義だから不運の相写真ごと歪むセルロイド製裁縫箱
 弔えず隠し持っていた人形の青い眼光とビスクの頬
野へ撒く切り花は手向けのようで引き換え貰った狐の手袋
 蒼穹を破り今頃何処にカムパネルラが置いた落下傘
婚約指輪は一度嵌めたきりの夢であり後は他愛ない作り事
 陶器に刺青天使の背に焼き鏝オキュパイドジャパン
香には薬を含ませておく花嫁となる人が探らせた袂の小袋
 重石代わりの書物を一冊胸に載せる重みは人一人分
琥珀を溶かす熱帯夜はあえかな発光で羽虫を遊ばせ昔昔と

(2017.3.25)