連載【第056回】: 散文詩による小説: Dance Obscura: nightmare I: 〈advertising〉

 nightmare I

 〈advertising〉
 空に突き出たスカイスクレイパーをつなぐ槍型モノレール、大気圏外までカプセル席のまま昇降するエレベーター。色とりどりの透明フードを反射させながら、人々は各階のテラスに張り出された乗降口から高層ビルの中に吸い込まれる。
 楕円形や球体のビルディング、数多くのディンプルを持ついびつな曲面や、蜂の巣型の形状をした中層建造物が不規則な雲のように広がる。巨大ビジョンとなっている建物のそれぞれの壁面には、プロジェクターやさまざまの種類のディスプレイが放つ原色の光の渦が混淆している。激突しては粉々に砕け散り、砕け散っては凄まじい速度で合体し、まるで異物を産む怪物の生殖行動のように、入れ替わる巨大な映像。過激な欲望に憑依された広告モデルたちの隈取りされた鋭角的な顔、露出する肌、濃密なタトゥー。新合金のリングや鎖で長い首と鎖骨を際立たせ、胸元には薄い乳房を覆う左右不均衡な幾何学模様の細い人工シルク。縦に筋肉の割れた細長い腰の中心に、異教徒の宝冠のように宝石を寄せた臍飾り。下半身は斑らに水玉の穴が開いた唐草模様のシフォンスカートに包まれ、妖しく回転する臀部から褐色に伸びた脚の先には、真紅のクリスタルガラスの艶めかしい小ぶりのヒール。濃い化粧の女たちのマスクはいずれも生気がなく、そのかわり、何かに取り憑かれたような貪欲な表情が現れる。粘液に溢れた口の中を覆い隠そうと、厚い唇にけばけばしい赤い口紅を塗って。

 何らかの罪業が隠されていても、それが何だというのか。それらはほんとうに罪であるのか。それらは恥辱であるのか。そんなものはとうにどこかに埋もれたものだ。忘却されたものだ。それでも何かを隠そうとするいじらしさ。そして、周囲のすべてから離れていく。うつろで、ぼんやりした眸は見えるものが何もないことのあらわれ、失ってしまったもの。つまらなそうなあくびの、唇のあたりには嘲笑的な表情がみえる。

 にせものの日常、いつわりの生活。プロジェクターがマッピングする何本もの男根の巨大な映像がモデルの映像を貫き、広告を穴だらけにする。入れ替わり立ち替わり現れる巨大な裸女たちの、渦を巻くディンプルの光を埋めて。人物と背景が混淆する、重なり、同化する。厖大な群衆はそれ自体人形なのか。それともあまたの生身の個人なのか。外部の欲望に突き動かされているのか、感情を刺激されているだけなのか。物体とも生物ともつかぬおびただしい群れは、隣り合うものとの接触面から振動を広げ、さらに波を起こし、弾き合っては響き合う空間を広げ、空間が平坦な充溢に至るまでその活動が鎮まることはない。そして、それにつれて、欲望の代替物であるおびただしい商品のうねりが始まる。
 ありうべき商品の数々は、物質増殖の機能を持つ次元間転送装置の端末で生産され、五次元に張りめぐらされた浮遊型瞬間ベルトコンベアで搬送される。視野の範囲に収まるべくもない欲望の物質情報は、蜘蛛の巣のように張りめぐらされた大気圏チューブによって宇宙ステーションに転送される。しかし、届け先がなければ太陽系外の未知の時空に届けることなどできないのだ。(悪夢I〈広告〉)