連載【第058回】: 散文詩による小説: Dance Obscura: nightmare I: 〈immersion〉

 nightmare I

〈immersion〉
 ドーパミン系とセロトニン系の機能調節が不順なのだろうか。順調にいっていれば、統合能力が低下するはずはない。だが、私の世界観はますます傾斜していく。薬物からの離脱など、許されるはずもない。私はますます依存を深めるのだろう。私ははとどまる者。狭い部屋でうずくまり、動くことを自らに禁じた精神。分裂することを禁じた人格。私は環境に捕縛されている、人間の皮に押し込められている。細胞膜に閉じ込められている。人間というもの、その外側の世界という妄想を構築してしまった、静止した精神なのだ。

 あの夜、病院に閉じ込められたと電話してきた男は、ここから助け出してくれと哀願した。何者かに襲撃されて刃物で渡り合っていると、警官隊に囲まれて逮捕された。あげくに精神病院に放り込まれたというのだ。数日後、向精神薬を服用させられた男は、警察が「一人で暴れていたので拘束して、措置入院させた」と言うが、自分は確かに襲われたのだと電話口で繰り返した。その男は、その後数年間、入退院を繰り返したが、そのときの事件を事実だと信じたまま、薬物に没入するように死んでいった。
 私がその男の死を感知し、ネットワークを使って調査していると、彼の死について情報を持っているという人物に行き当たった。だが、その人物は、本人が病からは回復したと言っていたとし、死の状況については詳細が分かりしだい知らせるということだったが、何も音沙汰はない。その人物のことまで、私の妄想構築だったのかもしれないが。人形の中に人形が入る、重なりつづけて入り込むひとがた。精神のひとがた。(悪夢I〈没入〉)