連載【第067回】: 散文詩による小説: Dance Obscura: nightmare III: 〈magnetic material〉1

 nightmare III

 〈magnetic material〉1
 空中を高速度の地下鉄が走っている。高層ビルをつないで銀色に光る電車が建物内のプラットホームで停まると、乗客はあわただしく吐き出される。監視カメラのアングルがかすかに変わり、レンズが光った。私は顔の角度を変える。
 駅ビルはアール・デコ風の建築で、薄緑の壁面と乾いた控えめのピンクの飾り枠が全体の基調となっており、ゆったりとした階段の敷石には乳白色の強化プラスチックが張り込まれている。大理石を模した重厚な趣きの階段の両側には昇降別のエスカレーターが備えられ、プラチナ色でコーティングされた手すりがステップより早く巻き上がる。建物は巨大な中央ホールが天井まで吹き抜けになっていて、モスク様式の天井にある明かり採りの円窓からは、時刻に応じた自然光が注ぐ。天井全体は十二角錐で、壁との間に配列された切石で支えられ、区分けされた十二面には、ミュシャの図像から想を得た黄道十二宮の金箔のレリーフが展開されていた。
 中央の大空間を囲む各階のフロアの、グラウンドの次の階から数えて十二階に高速地下鉄の駅がある。階段を上った各フロアの正面入口には、重苦しい鉄錆色の金属の台座上に、透明で不規則な形状をしたクリスタルの氷塊状の彫刻がある。氷の底部は台座の固まる寸前の鉄鋼が作品と融合しているかのようで、抽象表現の立体自体はまさに凍りついた水晶の内部世界だ。この緻密で澄明な標本ケースには、稀少な深海生物のような、気味の悪い異形の生物が封入されていた。まるで地球外生物、あるいは宇宙人の生体標本がそのまま埋め込まれた未来の棺桶、まさしく骨董的美術品なのだ。
 階段を下りながら、このとき、影のように得体の知れない亡霊の気配を感じていた。私は誰かに監視されているのか、それとも私自身が剝かれて、異質の生き物に変成させられようとしているのか。
 このグロテスクな高層美術館のエントランスから抜け出ると、舗道はなだらかな上り坂へと通じている。広い車道を挟んで、商業地区にはシアターやショッピング・センター、レストランや大小のギャンブル・サイト、大音響のロックとジャズ、宣伝カー、客引きの怒鳴り声、サンドイッチマン、ピエロと路上音楽、どぎついファッションとメーキャップの少女たち、換気口から吐き出される屋台や食堂の煙、刺激的な匂いが混在し、街路に充満している。そして、その喧噪を目指して、周辺の街区から身動きも取れぬほどの人々が押し寄せる。通行人や建物の後ろに隠れて、得体の知れない何かがくっつこうとしているのだろうか。人々の背中一面には、平たく延びた磁石が貼り付いていて、怪しい視線を呼び込んでいるのかもしれない。いつしか、私自身がその磁性体となってくるくる回転し、人々の背中を移動しているのだ。(つづく)