連載【第066回】: 散文詩による小説: Dance Obscura: nightmare II: 〈negative symptom〉3

 nightmare II

 〈negative symptom〉3
 幼児化とエセ芸術はグローバルな経済現象だ。金を増やすことにしか頭の回らない連中は、脳味噌の使い途を忘れてしまったのだ。だから、単純な刺激とあまりに単純な欲望に取り込まれる。同時代に生きているほとんどの人類のことが見えずに、忘却を決め込んでいる。模造品や玩具、美術館や銀行ごっこ、オリンピックやSMごっこ。
 奴隷の国の次は人形の国だ。幼児にされた大人たちの、赤ん坊の脳味噌で造られた国。威張った白い豚どもがよだれを垂らし、舌なめずりしている。人形たちのあふれた館の惨劇。頭と手足と胴体と内臓が散乱する。幼児化現象は急速に周辺国に広まり、地球は幼児の脳味噌であふれ返る。人類の成長はもう限界だ。金髪と刺青の日本人形と鞭がトレンドなのだ。そして、さらにさらに幼児化していく。幼児化が高度化していく。赤ん坊の脳味噌に先祖返りして、脳味噌が無数の虫になって這い回る。

 広い公園を包み込むように周囲の高層ビル群が尖塔を燦かせ、その外側を高速道路や立体交差が入り乱れる。どこの国の首都にも川や海を跨ぐ大規模な橋が架かっている。しかし、中心にはツインズの塔が(くずお)れた永遠の空き地がある。乗客を弾込めした旅客機が突き抜けたバベルのある街。それでも、コンピューターとメディアの幻影が漂い、いまだ残骸を覆っている虚飾の都市。五大湖ばかりか、原子力発電所から流入する夥しい電気現象のトルネードが高い塔の電飾となって巻きつき、巨壁に貼りついた多次元映像はループを繰り返す。欲望をそそる孤独な看板たちのマスターベーション。

 ファシズムの亡霊が何度も立ち現れる。白髪を振り乱し、狂乱的に瞠目したままの、半死体のゾンビーだ。侵略と奴隷商人、王族を名乗る吸血鬼。暗黒の未来が待ちうける駅頭では、空疎な演説が反芻され、恫喝と血の涙で間抜けな群衆をころりと瞞着し、大量の人形を運ぶ死の電車に送り込む。集団自殺の勧誘、集団処刑、ガス室への嚮導だ。鉄格子の車窓には、死者たちの名さえ判読できない無数の骨壷が列なり、催眠術に誑かされた人形たちの薄い影がゆらゆらと重なって揺れる。

 動物も植物も生命維持と繁殖だけにいそしんでいる。どのような仕組みの命令なのか。どのような従属なのか。どのような奸計。幸福と不幸の禍い、呪い。自由などどこにもない。だれも、ひとりのために生きてはいない。そんなことを考える遺伝子など組み込まれていないのだ。(悪夢II〈陰性症状〉)