魔の満月 iii – 1(頭脳から天球が生ずる……)

蒼白な半透明の皮膚からおもむろに骨格と筋繊維が現れる
おびただしい疲労が押し寄せる
六つの支脈に伸びる山巒さんらんの裾野までをも見霽みはるかしながら エルドレは眩暈する
ああエレーア
我が愛しの妹よ
幼気いたいけ盛りのエレアはあの時に王妃にしてラドル最高の巫女になることを定められた
“謳え聖なる頌歌を 選ばれたる者よ 万物の源と終は結ばれる 愛でよ母なるかぐろき生命を 選ばれたる者よ 汝の始元を識り我らと媾うのだ 穢れなき今こそ”
聖地ラドルの大神殿の深窓
奥津城のような時じくの部屋に祀られた聖言
何という不吉な呪詛よ
少年のエルドレは妹を連れ 夜を友として神殿に潜入する
王国の中枢に匿された秘密に魅かれ
通り道の至る所に黄燐製剤やシリロシッドが仕掛けられている
オランダ人の船長が僅か五秒間で少女に滅多突きされる
贋札作りで千里の彼方にいる奴を身代りにする
罠は衍文のごとく闖入者には苛烈である
警戒堅固な館を影と隙を味方に探訪するのはたまらなく幸福な一時である
少年は衛士の欠伸に合わせて門扉の蔭に躍り込む
巡回する跫音に歩調を揃えて入り組んだ廻廊を進む
蝋燭を継ぎ足そうとしてできた老僧の長い影に紛れて拝殿を横切る
聖地ラドルの王であるオルリー公のガウンの下にすら潜り込んだのである
少年の興奮は如何許りであろう
欣喜雀躍しながら冒険は進められる
幼い妹はいつの間にか姿を消す
遊び疲れて神殿を出た頃には妹など忘却の藻屑だ
妹なぞ最初からいなかったのである
エルドレが成人しボウの茵の中で想起する日までは