[資料] 戒厳令下の北京を訪ねて【上海篇】[06](直江屋緑字斎)

 1937年から1945年までのこの日本軍の侵略戦争による中国軍の被害は戦死、負傷、行方不明を合わせ320万人といわれる。これはあくまでも軍における数字だが、いったい、民間人を含めると、被害はどのくらいを数えることになるのか。
 しかし、だからといって、この国の支配者がいう内政干渉だとか、この国への加害者意識などで感受性を鈍らせ、冷静に分析しろだとか、または権力闘争がどうの、軍内部の分裂がどうのなどといって、新たなツァーの登場を観測するというのは問題が違うのではないか。
 この国との関わりにおける感受性は、人々に、この国の人々にこそ向けられるべきなのだ。
 この国を理解などする必要はないのかも知れない。私たちが理解すべきなのはここに暮らし、生き続ける人々の不滅のエネルギーについてのことなのかも知れない。
 だから、断乎として、血の虐殺を執行した支配者を、私はそのために肉親を失った人々と同じ感覚で憎むことができるのだと信じている。

(c)1989, Akira Kamita