〈美術衝動〉作品「10-44sec.―重力の発生」
この作品は、横浜市・BankART Studio NYK で2カ月間(2006.10.1-11.30)にわたって公開制作したものである。
タイトルの「10-44sec.」とは時間の最小サイズ(プランク時間)で、ビッグバンから10-44秒後に宇宙にある4つの力(強い力、弱い力、電磁気力、重力)のうち、まず重力が発生したというものである。重力はミクロではもっとも弱い力であるが、マクロではあらゆるものについて無限の距離に力を及ぼすとされる。
F120号4枚組の大作は、じつに10-44秒という、瞬間というにはあまりにも小さな、恐るべきサイズをイメージしている。
作品の全体を横に貫いて敷設されたケーブルの痕跡、その盛り上がった絵具のマチエールはひもエネルギーを表し、締めつけられた宇宙の原初がその最初期に重力を発生させ、宇宙の基本的な力を誕生させるという思考イメージで作られている。
力はそれぞれ量子的な存在であり、重力はグラビトン(重力子)という粒子的なイメージを持つ。ビッグバンの周囲には宇宙の時間の範囲を示す楕円のユニバースサークルがあり、マスキングによってできたキャンバスの下地の不定形のいくつかのかたまりは多次元のかたまりのイメージでもある。
またそれらは、絵具の層の重なりを剥き出しにし、平面の多層化を強調している。
キャンバスという布、木枠の露出、包囲するものされるもののあいまいな関係、裏側と表側、回り込むもの、折り込まれるもの、これらは現実との対峙をも含め、曲率を持った時空面が多重化しているという含意でもある。
この作品の中で、作家は作品を創造する行為のうちに実在している。それは、作品との物理的な距離のある関係でいうのではなく、ニードルで刻まれた無数の線のひとつひとつ、切り刻まれることで変質したごつごつした無数の粒状の絵具のかたまりに内在しているのである。
つまり、これらのマチエールは存在の基点のそれぞれから大量に発せられた戦慄する狂乱的な泡でもある。
そして、これらの行為のすべてが10-44秒という恐るべき極小の時間に、静かに呑み込まれていくのである。
[作成時期] 2007/05/02