連載【第060回】: 散文詩による小説: Dance Obscura: nightmare II: 〈arabian night〉2

 nightmare II

 〈arabian night〉2
 その日は昼前から朦朧としたまま、半日が過ぎた。migraine aura(閃輝暗点)のギラギラした太陽は視野から薄れ、片頭痛と脳血管のバイブレーションが続く。気がつくと、巣穴から弾き出され、都心部の雑踏へと吸い込まれていた。
 次第に人混みが増殖していく街角。ショーウィンドウに映るあたしは、ニカーブで全身を覆ったムスリムの一人の女だった。全身に、レースの刺繍に透かしの入った暗黒色の薄いシルクを重ねて巻きつけ、ニカブは人工光に映えて絖りさえを帯びていた。頭巾の隙間から覗くあたしのメーキャップは、上瞼を燃えるような赤いアイシャドウで念入りに下塗りされ、濃く長い眉毛を際立たせるため銀粉のシャドウにグラデーションが入っている。どんな男でも引きずり込まずにはおかない双眸の深奥が妖しく光る。眉の周り、目尻、顳顬(こめかみ)のあたりに、金属の光沢のある微細な模様が描かれ、獲物を狙う肉食動物の危険な眼差しが潜んでいる。夜が深まるにつれて、ウインドウを鏡にして乱反射するニカブの頭部の、左右の瞳がひとつに繋がったドーナツ形の美しい隻眼がこちらを凝視していた。
 ニカブに包まれたあたしのからだは、黒い虫の群れに蚕食されて、表も裏もない平面に押しつぶされているのかもしれない。あたしが都会の中をふわりふわりとあてどなく歩き回っているのは、自己交差したクラインの壺のように、四次元の世界面が三次元物体に見えているだけなのだ。あたしは黒い虫たちに侵されつづけ、永遠に裏側へと逃げようとしているのかもしれない。
 それは強欲な表側の世界が許せないから? あいつらは、裏側には逃げ場があるぞとけしかけて、回し車のリスのようにあたしを追いつめていく。自由があると信じ込ませて、自由を奪っていく。(悪夢II〈アラビアンナイト〉)