自由とは何か[018]

 私はさまよう。そして、迷い込む。掉尾を飾ることのないドラマツルギー。無数の細胞のように仕切られた部屋、その館に。偽名まじりの秘密警察の追尾を警戒しながら、その小さな家の小さな入り口をようやく見つけて。そのあたりは、中心部を少し離れた丘の上にある住宅街。古い美術館もひっそりとして。殺風景な庭からはすぐ二階に通じる階段があり、鉄柵をガイドにこれをのぼると覗き窓のある扉が。取り付けてあったカウベルを使うと女が出てくる。そのような具合で、蟻の巣のような屋敷に入ったのである。なぜ蟻の巣か、なぜ屋敷なのかは、そこが地下への入り口だったからでもある。自分が蟻でもあるから。

 おまえを逮捕する。よけいなことを考えてばかりいるから、こうして出張る羽目になったのだ。拳銃を口の中に押し込むと、これをしゃぶっていろ、と命じる。火薬の匂いのする銃口、たしかに鉄は血の味がする。おまえにはもう自由はない。永遠に。黙秘権もない。どうせ裁判も不要だ。もともと法なんて嘘っぱちだ。民主主義なんてのはギリシア時代からおまえたちの側にはないのだ。さて、病院の鉄格子と刑務所の鉄格子と、どっちがいい。それとも、身元不明の死体になるか。
 私は尻を丸裸にされ、四つん這いになった後ろから肛門の検査をされる。性病と痔の検査。しかし、鑑別されるのは恥辱による服従心。

 私は目隠しと猿轡をされて、どこかの病院に連れて行かれた。病室のベッドの上は片付けられて、硬いマットだけが広げられていた。その上に、丸っこい物体がごろっと転がっていた。つやつやした肌色のそれは、ほんものの肉の足指が足からごろっと離れたものだった。そして、隣のベッドに寝ているのは私の母親で、そのリウマチの足先には指が外れた痕があった。母親は、二十数年前に死んでいるというのに、人形とも思われない生きている肉体。だが、手前のベッドにはやせた赤ん坊の死体。私はそばのバスタブに押し込まれる。隣の広い会議室では、病院を経営しているカルトの秘密集会が開かれている。私は逃亡するために、高層にあるガラス張りのホールから飛び降りることを考え続けていた。

 それはDNA生命系の夢、その破片。その侵襲がやむことはない。叛逆は徹底的な弾圧の対象なのだ。とはいえ、だれが、どの細胞が、どの意識がその尖兵となるのだろう。