ある男の日記 (犬雲)

あのとき、クロは吠えつづけ、私のズボンの裾に三度咬みついた。一度目は、浮遊する街を鐘を撞いて繋ぎ止めようとしたとき。次は、置き忘れている街の生活を自分の中から追い立てていたとき。最後は、私が眠りに入ろうとしたときだ。咬み傷が今でも残っているが、正確に足首の一箇所にかさね合わされている。軽い傷だったが、そのことを思い出すとなぜか涙が滲んでくる。

あの感情だ。あのとき、なぜ塔に火を放ち、すべてを終わらせてしまわなかったのだろうか。夢を閉じるか、日記を閉じるか。