ある男の日記 (時間洗濯屋)

(跫音に不安を覚えて)ここまでの自分の足跡を消そうと。インクや鉛筆の書き込み、データ改竄と消去。そして、ここまでのアスファルトの舗道にあらためて接吻する。罅割れに舌を差し込んで、ようやく後戻りするのだ。
旅の終末が見えてくる妄想にとらわれ、再び胸のあたりに《本日開業》の札を垂らし、過去を洗い流して。何事もなかったように。
これは大笑いだ。腹を抱えて笑うしかないのだ。そこいらじゅう、枯れたブッシュばかり、直立したアイデンティティなどあるものか。性器を握り締めることもできはしないのに。

もう冬なのだ。二重窓の内側のアルミサッシュが水滴でびっしりと濡れている。遠吠えすればするほど、滴の重みが増していく。地平線の彼方までつづく道、列をなす人々。彼らは人類の日常の行路をゆく移動者だ。
重病患者は改宗勧告を受け、太った女は乳房を鷲掴みにして金持ちやお偉方に含ませる。セントラル・ドグマから外れ、道端に打ち棄てられた行き倒れたちに、目を留めるもののいるわけがない。
屋根の上まで群集にあふれたバスがつらなる。彼らを追い立てる戦車や護衛に囲まれた、防弾ガラスのある重装備の特殊乗用車。道路から追い出され、逃げまどい、轢死するノット・ストレートたち、国籍のないものたち。