寄稿: 佐藤裕子「遠い処」

遠い処 佐藤裕子

北極点の上空から月の軌跡を避けながら糸を掛ける大蜘蛛
 故郷を剥がれた天使の黒衣は風に膨らむ分だけ虚ろ
狼は緑青を抱き電磁模様に沿い進む鉄の臭いも届かぬ速度
 毒虫が編んだチュールを被ると火渡りさえ楽な通路
紋章や使い魔になるよりも博物館を出て人里を離れること
 ドラゴンの恋人たちは足指を反らせたアクロバット
屋上の踊り場は立つのがようやく追い詰められた岩山の尾
 欲望の全てに精通した処女の膝で変形する純潔の獣
面白半分狩られた飛べない鳥達重い翼に赤茶けた楽園の泥
 ノッカーやゴブラン織りやガーゴイルになるよりも
象牙のブーメランで鬼火を割り土壌に弔花を織り込む静観
 強張りを縮め直角で交わり零れる一刻一刻もろとも
象の背中でトーテムポールに成り済まし検問突破パレード
 防護服がシステムであれば無人のメインストリート
外側で燐を燃やす沙漠の所所にまだ煙を上げる流星の爪痕

(2016.11.15)