寄稿: 佐藤裕子「また」

また 佐藤裕子

あの場所からどのくらいここへ来るまでこんなに掛かった
 蟻を払う肩は磁気を漏らし砂鉄が食らい付く宙の荊
怠い左腕へ溶けた添え木板目の記録をなぞる感覚さえ炭化
 忽ち染みが広がる玉虫の婚姻色膿んだ蕾を突く黒点
晴れ間のない闇で日付を捲る体内時計壊れた境で濁る昼夜
 幻が冴え倒れた垂線を巻き戻す溶けた硝子から揚羽
関節に結んだ貝殻を鳴らし指を燃やす人人の後から後から
 脱落する衣服を畳まず濯がず積み込む干上がった川
頼まれ事であったように邂逅の日時へとわたしを運ぶ身体
 山火事が続く槌を握った医師は雨と寒波を予測した
鉤を外せば折れる上体瘴気の粉が呼吸器を荒らす喉に火玉
 名前を呼ぶことを禁じている欲している狂おしい谺
また間に合わない真白い頭を抱き明日のことを話しながら
 休ませた乗り物を降りまた生まれ変わるいつの日か
サーチライトそれとも去って行く光逃れた船があるならば

(2017.3.25)