魔の満月 i – 3(中空でふんぞり返っている邪悪なるものの……)

とはいえその失策がどのように重大な局面に彼を導いてゆくのかをみるならば 偽装工作はもっと遵奉されてしかるべきである
逆転した画面の結果元の映像にたち返るという見かけ上の出来事とは裏腹に エルドレの身に逼迫した危機は実にここで改めて解消されたからである
途方に暮れて茫然としているエルドレの前に四千八百八十八人の軍隊は整然と列をなし最大の敬意を示している
声をあげる者もなく不信のまなざしを向ける者もなく 最も勇敢で忠実なる奴隷として最敬礼しているのである
エルドレはこの現象を解析しようと試みる
王家の血のゆえか
運命の好意なのであろうか
いや そのような思いよりも早く 己れの不動の地位と支配力とを熱い血流のうちに覚えている
二組の友愛数によって組織され統制された極めて専制的な純血同盟の軍団は まさしくエルドレが造物した狂暴かつ従順なる歴史の影である
風化して半ば砂に埋もれた古代の王たちのモニュメントであるスフィンクスが散在している 墓の谷と称ばれる荒涼とした蟻地獄の彼方から 天空を覆う砂烟が押し寄せている
中空に吊られた鏡あるいは火球が邪悪な色彩に染まり その縁辺は次第に暗黒の侵蝕に屈しようとしている
エルドレは配下の者が深淵の王国から掠奪してきた巨大な悍馬に跨ると あの隊商の列が富と欲望によって鍛えた広大な道を朋友たちとともにまっしぐらに駈け抜けてゆく
その向うには墓の谷とそこに棲む怪物どもがぱっくりと獰猛な口腔をあけて待ち構えているであろう
墓の谷の中央を横切っている乾上がった河床の左側には 無数の矢狭間をもつ五十ほどの矩形の塔を連ねたほぼ長方形の防壁に囲繞された城廓がある
この廃墟の真ん中を二十歩の幅をもつ大通りが貫き いくつかの横道がそれを分断して住民の居住区をつくっている
北部には広場と壮大な神殿が備えられ その隣の一角に四十メートルの高さの三つの堂々たる長方形の塔をもつ矩形の宮殿が聳えている
その反対側の岸辺には完全なる円形の壁に包囲された城址がある
これらの文明の夢を潰滅させその死の容姿を守護しているのは世にも恐ろしい怪物どもの群である