ベルナール・パスケ(散文詩)

 とにかく、じっくりと女の体を睨め廻したパスケは、人の気配が近づいてくるのに気づいて、ようやく己れを取り戻した。そのとき、ズボンをあわてて引き上げたのかどうか、もしかして、女の息がすでになかったのかは、神のみぞ知るである。パスケはあわてて繁みに隠れて様子を窺うことにした。屋敷から出てきたのは明らかに泥酔している険悪な顔の男である。身なりからして、屋敷の当主であろう。
 だが、チョッキのポケットからだらしなくダイヤの飾りのついた金時計をぶらぶらさせているところを見ると、ほとんど自分で自分が分からないような酩酊におちいっていることは確かなようだ。パスケが出来心を起こしたとしても情状の余地はある。「酔っぱらった男はナイフを持っていたんだ。それで、女の喉を裂いたんだ」屋敷には他にだれもいなかったので、この証言の信憑性に疑念を持つものも多かったはずだ。

 パスケが逮捕されたときは事件から数日を費やしていたわけで、事実関係の経緯などつまびらかになるわけがない。とにかく、女を殺した男が月桂樹の木の下で、だらしなく眠り込んでいるすきに金時計を奪おうとして、それに気づいた男が組みついてきたので、転がっていたナイフで男を刺し殺したというわけだ。逮捕のきっかけになったのも、この金時計をいつまでも持っていたためだ。
 これだけだと終身刑にはなるはずがないのだが、悪いことに、縛られて殺された女の体から、パスケと同じ血液型の体液が採取されたのである。パスケはこのことに関して、自分は異常な事態に遭遇して、常軌を逸したのであって、これがために死体を凌辱するような馬鹿げたことをしてしまったと申し開きをしたのである。
 しかし、このせいで、いくつかの情状の要素もすっかり覆り、そればかりか、屍姦というおぞましい事態が、事件全体のどの時点でなされたのか、あるいは本当に屍姦だったのか、それによっては酩酊した男を殺害した時期、理由なども問題になるので、事件は一転して、深い闇に閉ざされることになった。