魔の満月 0(憧れて風雪数千年の都市に至ってみれば……)

あの幾多の新大陸に漂着し 神と女王と肥沃な土地とひょんな幸運を祝福し 自らをこのような苦難に陥し込めた諸々の事情と何よりも神々を深く呪い ただ復讐の女神エリニュスに誓って土人のように逸物にまで彫物を施した船乗りたちが大地にその髭だらけの顔を埋めて接吻するように 一人の男が気違いさながらに雪の中でもがいているのだ
この飛行場を管理している基地は荒れ狂う暴風と厚い雪の層と六つの方角に伸びた山々の内側でひっそりとこの様子を窺っている
まるでそれが最大の敵意に相応しい歓迎の仕方であるかのように
数種類の立派な紋章をもつ結晶体が躯を蝕んでゆくのにしたがって エルドレは逆に冷静さを取り戻してゆく
滅菌状態には慣れっこなのだと言い聞かせて
食糧袋の隅に転がっている褐色の錠剤を口の中に放り込み舌の上で転がしているとこくのある重い甘さがじわっとと液状に拡がり それが喉の襞筋を潤して全身の血管が活発に収縮を始め 尻や爪先が赤くなるほどに火照ると まるで宙吊りの刑を受けたように十センチメートルほど躯がふわっと持ち上がり それから凧か風船のごとくに風に吹かれて広場の南西の隅に辿りつくという魔術が行われる
羊皮紙にしたためられた預言でもあれば幽霊どもがさぞざわめくであろう
三人の妖婆がいれば蛙とか蝙蝠とか尨犬の舌とか豚の尻尾や鶏の頭をぶち込んだ鍋を窯にかけてもてなしてくれるであろう
だがそこは錬金術の工房ではない
つるつるとした始まりとともにあった巨大な岩によって 猛り狂う吹雪をようやくに凌げるに過ぎない崖っ淵なのである
エルドレは赤褐色に焦げつき硫黄臭のする地面に横たわる
エルドレは緊急にこの地の住民に出会わなければ生命に重大な支障をきたすことを熟知している
広場の下に厖大な機械装置が設置されているということは不時着の際にその電子の唸りを導きの糸にしたのだから間違いはない
そのとき地上にあらゆる生物の棲息している痕跡を認めることができなかったのだから それらは地下に匿されていると推測する
だとすれば何処かにその入口があるはずだ
仮にフネを廃棄したあの中心点がそうであることも考えられる