魔の満月 i – 2(セント・ピーターに在留を……)

だがそれは純正の炎ではない
あまりに鮮やかな炎の彩を吐く一枚の布なのである
纐纈巾はエルドレを迎え入れ大きく膨らみひるがえる
同時におびただしくあふれる血液を拭い取ってしまう
緋色の扉はなおいっそう生き生きと燃えさかり しっかりと出口を遮断する
おお茫然自失のまま立ち尽くすエルドレ
大いなる幸運と安逸さにふーっと肺を萎ませ息をすっかり吐き出して完全な脱力状態に陥ったその刹那 横あいから高い気合とともに太い腕が伸び がっちりと両脇を拘束される
エルドレは眩暈と脳天を貫く痺れと激しい呼吸困難に打ちのめされる
充血した楯が音をたてて倒れ 銀色に燦く穂尖を天に突き赤銅色の逞しい腕を重武装で被った二人の衛士に両腕を掴えられているのだ
息切れが波頭のように押し寄せその頂点でほとんど窒息しかかり 足許に蝶を咲かせた金雀枝が熱風に煽られ優しく笑っているのが目に灼きつくと 頭の重い蓋が抜け飛んだように軽やかな安息にのめってゆく
その暗いレトルトの細いくねった管を伝って濛々とした荘重な低音がふつふつと昇ってくる
“聖なる一切を穢すものは自然の生理によって自然の汚濁へ還ることになる”
“悪霊は地底に転落し世界は灼熱の業火によって舐め尽くされる”
これはアベスタの一節であろうか
甘酸っぱい味覚が夢の中を潤すことによってエルドレは再び混濁した液の底から掬い上げられる
純白の頭巾と顔を覆う布によって眼球だけを異様に目立たせた人物がエルドレを取り囲んでいる
それから腕と脚とを頑丈な鉄枷で四隅に引っぱられ固い寝台に仰向けに括りつけられているのに気づく
柘榴から抽出した興奮剤と山羊の乳とで醸された呑み物が口腔から喉へ快く拡がる
七人の司祭たちはとうにエルドレの皮膚を第三層まで剥ぎ終えぴくぴく跳ねる筋繊維を露わにしている
エルドレはだが皮剥ぎの刑の恐ろしい激痛を覚えるどころか爽やかな解放感を味わい ただ澄んだ眼球だけが事のなりゆきを冷静に観察している
高い天井をもつ四角い手術室の寝台のある壁の反対側には竃のある龕が置かれ その上でめらめらと揺らめく聖火を中心にして祭壇が設けられている
アフラマズダとミトラの力強い立像がこの室内を厳粛な中にも高揚感を絶やさないといった趣きで牛耳っている