ベルナール・パスケ(散文詩)

 庭に据えられたベンチにもたれ、古いブライアのパイプをくわえながら、この小柄なフランス人はぼんやりとこれまでのことを考えていた。しかし、それは外からそう窺えるというだけで、実のところはただ白い家と庭を眺めていたに過ぎないのかもしれない。すっかり禿げ上がった頭部で、脇の方にあるわずかな白い頭髪が強い日の光を浴びて萎びていく。
 五十四歳になってまだ一月とたっていないベルナール・パスケは、顔色も変えずに上体を後ろに反らして気持ちよさそうにしている。ときおり膝の上にある中折れ帽をつまみながら、まるで憩いの時間を楽しんでいるかのように。一見すると、人生の後半の少しばかり勢いの衰えた時期の中休みとでもいうような風情で。
 パスケの家は手入れの行き届いた庭のある、白いペンキを塗った、実にありふれた小市民的な住まいであった。十五年前に建てた二階建てだったが、パスケには想い出の深いもので、そのためか、商売柄か、毎年春過ぎになると家中を白いペンキで塗り替えるのを楽しみにしていた。この日も寝室と地下室の壁をようやく塗り替えたばかりだったのである。そのパスケの家を、どういうわけか、パリ警察の警部と警官が訪れた。
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 その日は夏の一日なのだが、この男にとっても本当に特別の日なのかどうか。もちろん、パリの人々は避暑地に出かけているか、郊外に住む人々は休暇を利用して家や庭の手入れをしたりして、静かなものだ。だから、パスケが庭のベンチに長いこと座っていることは別にどうってこともないのだが、しかし、いくら木蔭であっても、夏の陽射しは強く、そんなに頑張っていられるというのは、いささか奇妙といえばいえなくもない。
 パスケのやっているペンキ屋に妙な噂がたってから、この初老の男はついていなかった。パリ郊外のヌイイーにあるペンキ屋の中で、パスケの店の仕事は迅速とはいかないけれど、二人の丁稚を使って実に丁寧な仕事ぶりと、一番の評判をとっていたのに。
 ヌイイー・シュル・セーヌはブーローニュの森の北にある人口七万弱の小都市だが、地下鉄の駅があり、金属加工、香水、製薬関連の中小の産業が盛んである。ここいらの人間が鼻をひくつかせるのは、どうもあたりにある香水工場のせいかもしれない。鼻だけならまだしも、この匂いというものはルナティックな作用を及ぼすようだ。幻臭などというものにつきまとわれたなら最後で、誰かが追いかけてくるだの、自分の内臓が腐っているだのといった、ひどい病気にたらしこまれることになる。それでなくても、南側の森の方から今にも押し寄せてきそうな妖しい気配、深い暗がりが作る病んだ風が、人々の精神に健康なものばかりを与えるとは限らない。