あの
まるで手品だな、あの台の下に酒樽でもあるのだろうと考え、グラスを受け取ると、いわれたとおりにしてみることにした。しかしその前に、数字がどのような出方をするか研究しなければならない。見えざるディーラーとの闘いである。
プロフェッショナルがどこからか操作しているのだろうと考え、賭ける者が一番多く集まったときを見はからい、光の廻転が始まった瞬間、赤い酒の入ったグラスを00と書かれた水晶盤の上に載せた。ルーレットはゼロの他に米国式にダブルオーが附加されており、賭ける場所は三十八通りあるのだ。
激しくも狂おしい光の饗宴が収まる間、負けてもあの酒を呑むだけだが、万が一勝った場合にはどうなるのだろうかと考えていた。ようやく光の廻転が弱まり、原色のけばけばしい光がゆっくりと入れ替り、ついにルーレット上の光の帯がすべて失われてしまった。
光の沈黙。そしてその後に、いくら待っても何の色も現われはしない。
廻転盤を見ると、ダブルオーの上に暗黒の玉が乗っている。見事に適中したのだ。
女主人が驚きに目を輝かせて、鈴の音のような声をいっそう高鳴らせた。ああ……、と叫んだかと思うと、その声は異様に艶かしいアルトに変じた。ゼロは透明、ダブルオーは無、三十六通りの光の色の総合なのよ、そしてそれは試煉、あなたの取り分は試煉なのよ、いつのまに入れ替ったのか、目の前にはその女がいた。
詩誌『緑字生ズ』第2号(1983.12)?第3号(1984.6)所収の散文詩を改めて小説として発表する。