この場所に用のなくなった翌日、ホテルを出ると、まだ午前中だというのに、すでに膨らんだ太陽は海に繋がれた地方にじわじわと光芒をそそいでいた。
灰色のドライブウェイを横切って心なし湿気の感じられる浜辺に降りてみたが、砂の中に潜んでいるというよりは何ものかに唆されて滲み出てしまったというべき硝子質の粒子の一粒一粒が棘のように燦き、その燦きがあたり一面見渡す限りの砂浜に広がり、全体がわけも分からずぼんやりと熱を帯びているかのように苛立たしげな光の霧となって海岸を蔽っていた。
波打ち際に沿って延びる黒ずんだ長い砂の帯が、打ち寄せる波のさざめきに揺れる一枚の永遠の織物のようにその表情を変えていく。それは水平線が弓なりに視界の無限の可能性を抑圧していることと反対に、細部の無限の可能性をつねに崩し続け、そのくずおれたほつれから生じる何ものかの脱け殻が繊維となって織り出される布地なのだ。マテリアル。そして、白く光る厖大な部分との境界に取り残されている壊れた漂流物、貝殻、藻類。その布を断つものといえば、どこの岬にもよくあるけれど、海面と直角に切り落とされた剛直な岩肌を持つ巌の、見るからに窺い知れる鈍重さ。
向こうの方で、裸足を水に弄ばさせたままほとんど動こうともしない女は、昨日見かけた女だ。潮風に煽られて時々乱れる黒い髪を除けば、ショートパンツと体にぴったりくっついた紺色のTシャツだけの肉体は人形のものだ。蝋細工のなまめかしさというよりも、大理石のような無機質性。若い女の心は水に溶けてしまおうというのだろうか。まるで流木のように気の遠くなる時間をかけて、形を変え、少しずつ砂に埋もれていこうとしている足という錘と一緒に。
「ヨットですか」
風に声が閉ざされているのか、女の聴覚への意志が閉じこめられてしまったのか、近づいた女の肉体には気配というものが感じられなかった。
「蜃気楼が浮かび上がるらしいですな」
振り返った女の胸が飛沫に濡れて、蕾の形まで露わになる。
「違うわ。あの人は行ってしまったわ」
岬の方に見えるヨットは女たちのものなのだろうか。女は、はっと気づくと、驚いたように目を瞠いて、どこかに宙吊りにでもなっていたはずの生気を蘇らせた。蠢く砂に埋もれた白い足首が現われたとき、筋を立てて反り返った細い足指が妙にエロティックだった。
「あなたは、誰?……」