nerve fiber

 どうして、あれを渡したのか、自分でもよく分からなかった。あの女に必要なのはもっと別のいかがわしさだったのかも知れない。外国の港町だとか、古い水辺の宮殿だとか、ミイラの顔をした隊商だとか、幽霊船、そんな話のあとにあれを渡したのだ。
 私は知っているのだ。だが、私も、あの破滅していった女と同じように、この女の磁力に傾斜していたのかも知れない。けれども、この女は自ら発する磁力によって、自らもただその方向にのめってゆくのである。女は招き寄せられたものとして囚われるのである。そして、惹き寄せた側のものが崩れてゆくとき、再びまるで生きていないもののように、磁力の片側で、生きていることとは無関係に幻のように君臨するに違いない。傾けばこちらに惹き寄せられる。だが、若い女は見たとおりにいつまでたっても若いままだ。
 私がそれを渡したからというだけではなく、女が壊れた人形を捨て去るように、何か大事なものから離れていくというのは確かなことなのだ。そして、女自身が壊れた人形になって海を漂い、波に洗われ、繊維をはだけていくのである。

 誰のために用がなくなったというのか。海に閉じこめられる人形に会う前に、私の用はすんでいたのだ、もう一つの泥になった人形が土に還り始めたときに。
 昨夜遅く訪れたこの地方独特の眠りを破る激しい雷雨がもたらした一瞬の覚醒。暗闇のなかに差しだされた鏡さながら、肉に沁みとおる稲光。私は首からぶら下げたものの蓋を開けたのである。
 土に呑み込まれるものと、海に還るもの。どちらが原始であるのだろうか。どちらが無表情であるのだろうか。
 私がいつものように新たな列車に乗り込んでから思い浮かべたのは、夕陽に染められた海のハレーションの向こうに流されていく、剥き出しにされた白くか細い枝のような人間の原型が、飛沫しぶきを浴びて金色に光り、羽をもたげて幾度となくジャンプするさまであった。