魔の満月 ii – 2(エルドレは周囲を見回して……)

決勝戦に勝ち残った相手は王の第一の忠臣ソロドネスであり その戦歴を物語るごとく 鼻が潰れ 耳が剥がれ 片目を失い 頑強な躯を持ち 上背や重量などは優にエルドレの倍以上もある豪傑である
歓声と拍手が湧き起こる
エルドレはセスタスのついた革皮を甲に巻きつけ闘いに挑む
ふうと息をついて出る陰性の中音
次第に獰猛な獅子のごとく吠え始め 巨躯をぶるっと揺すってソロドネスが突進する
エルドレは臆することなく体形斜めに構え 躍りかかる大男の脇腹にするりと辷り込み 左足にふわり重心を落とすと 左肩を内側に捻りつつ思い切りよく左腕を顔面狙って突きつける
人々の鈴生りの視線がソロドネスのその醜い顔に注がれる
忽然と起こる不思議な笑い
打たれた方はよろめきもせずにやりと唇を綻ばせ嘲るような陰性中音の笑いを洩らす
眉間のあたりがぴりぴり痙攣したかと思うと 躯を大きく右に回転させながらエルドレの腹に左拳でずしんと一発喰わせる
すかさず巖の如き右拳を顔に打ち下ろす
絶えず笑いを響かせながら分を盗み寸を奪い乱打する
ひゅうと鮮血が迸る
エルドレの頬が金属鋲の打擲によって裂けてしまうのだ
白い腕の美わしい娘たちの一団から衣裂くような悲鳴が飛ぶ
漆黒の守護者の長い鼻が波打ち白虹貫日のごとく鋭い牙が天を突く
汗と血潮に塗れ男たちの裸体は鈍重な光沢を帯び 乱れた呼吸の合間にぴくぴく引き攣る筋肉が殺気鬱々として異様に美わしい
観衆は息を呑む
腹の底に殷々と響く咆哮が激昂の前兆 あの静謐の一刻をもたらしている
まるで絶頂期の快楽を享受しようと
エルドレはソロドネスの一方的な攻勢に屈するかのようにじりじり爪先で後退るが 相手の躯が油断のあまりゆらりバランスを崩した隙を見てとると 間合を維持していた左腕をすすっと伸ばしロングフックを放ち すぐさま肘を直角に曲げ上体をくるりと捻りながら右拳で獰猛な単眼巨人のこめかみを殴りつける
どろりと赤い澱が零れる