ii – 2
エルドレは周囲を見回して驚天する
誰もいないはずの船に一瞬にして数十人の男が現れる
逞しい躯を陽光に晒しながら忙しく走り廻っている
一人の水夫が
茫然としたエルドレは為す術もなく佇む
エルドレを気遣うものとてもない
だがその男は視線を合わせることもなく エルドレの躯が空気であるかのように擦り抜ける
エルドレもまた確かに船乗りを擦り抜ける
否 確かなものなどありはしない
一切は一炊の夢 まさしく眩暈のうちにある
これもまたあの灼熱の国の贈物サドラのなせる神秘の技であろうか
あるいは自ら幽境に徨い出た結果なのか
見張りが航海の順調を告げると 屈強な男たちが甲板に勢揃いし車座に腰を下ろす
十数頭の山羊や数十頭の鶏が船底から引きたてられる
十箇の酒樽が転がる
全身剛毛に蔽われた男が大きな刀で動物の首を刎る
甲板がその血を啜ると酒盛が始められる
竪琴が潮の甘い香りに誘われて
真紅に熟れた太陽を目指し
古えからの作法通りに漣が船縁を叩く
物質の記憶はプラトーン立体のごとく壮麗である
錬金術士の登場に始まり嬰児が鼠に噛み殺されるまで時の嵐は悲哀そのものだ
数十人の暴漢に袋叩きにされる
叩き伏されて婚姻届に捺印する
暁の鏡の中で健康な髭が