魔の満月 ii – 3(天幕を裁断する玲瓏な光が……)

丘を囲む半ば壊れた城壁を過ぎ 広い埃っぽい道が拡がるその向うに 糸杉の慰安の木立ちに包まれた墓地が続く
遠征から帰還し祝宴の後に殺されたと伝えられる英雄たちは この静寂な眠りの園から追放され 海泡とともに消滅した亡霊たちと等しい宿業に魅入られ 何処を徨っているのだろう
微風が小さな旋風を織り出し軽々と朽葉を舞い上げる
歴史の呟きが侵入者を追いたてる
ゆるやかな起伏を登り詰めると 斜面一帯にオリーブや葡萄畑がむんむんと緑の息を吐く
道の尽きるあたりでは 爽風に針葉を翻し陽光の銀色の矢を射返す松の樹々が両側に並び その奥に高い主門が聳える
巨きな切石を丹念に積み上げた迫持せりもち送りの門の上から たいがみを逆立て爛々たる眼光をもつ獅子の浮彫が 入城する者ことごとくを睨みつけている
だがエルドレは誰に出会うこともない
人影もその気配もなく森閑とした城市の中央に 十三メートルの高さに及ぶ大円堂ががらがらと鐘を鳴らしている
幻惑は幻惑を惹起するとはいえ 果たして三層オールのガレー船の出来事と逆の事態が進行しているのだろうか
だとすれば 道広く民を迎え 蟻塚のように栄え 黄金に富む都市は 素裸のエルドレを夢見ているのだ
大円堂の外壁には戦車に騎乗した戦士たちの狩猟する様子が描かれている
円堂の内壁には海洋文明最古のゴルティンの法典が繞らされ 内部の数々の部屋には 黄金のマスクや胸甲や岩水晶の頭飾りをつけた鍍金の王笏や黄金の槓杆に黒真珠を象嵌した見覚えのある宝剣や諸々の美麗な容器や装身具や飾り帯に数百枚の黄金小板やら黄金の匣などがぎっしり蔵われている
物質の栄光は死者の安置された地下深い奥津城から放たれる
グルニアの蛸壷に海洋民族の足が詰められる
凍石で作られた角坏には栄誉が盛られる
“キクラデス諸島とエーゲ海に面する本土のうちスニオン岬はアッティカの地から突きでている”と誌すギリシア周遊記の著者ならば 雷をも轟かすメアンダー文の罫に飾られた丸天井に“文明の源と未来は柩の中に突きでている”と書き記すだろう