魔の満月 ii – 3(天幕を裁断する玲瓏な光が……)

エルドレは迂曲した道に従って丘の中腹に登り 宮殿の南側に至る
宮殿は紺碧の大海原を背景に 右側に緩やかな丘をあしらい 繊細華麗かつ複雑奇怪な姿を現す
周囲には簡単な小宮殿やロイヤル・ヴィラや高僧の邸が建てられている
エルドレはそのうちの一つ 宮殿に続いているカラヴァンセライに入る
壁面には大きな鏡が嵌め込まれ 中央には水晶を鏤めた雪花石膏の池が設けられている
粘土で作られた導管が丘の頂から清新な水を運ぶのである
エルドレは涼しい水を浴びる
なんという甘いみそぎの液よ
鏡に裸体を映すと青味さえも帯びる
幅五メートルに及ぶ大階段が正面に伸びる
その両翼に下細の柱が頭上高く並ぶ
エルドレは階段を昇り切ると宮殿の広く長い廊下に至る
陽光は弱まり奥は一段と薄暗い
天鵞絨の紫色の絨緞の光沢が闇に呑まれるさらに向こうで ちらちらと妖しい光が舞う
通廊が中庭と西玄関に分かれる辺りで ひたひたひたと床を這う音がする
光が左の方に消えるのを認めると エルドレはなにものかに魅入られでもしたように陶酔の面持で後を追う
二股になったところから左側は下り階段になる
直角に旋回する階段の片側は壮大な木柱が明層を作っている
このとき 不思議に軽快な気分になる
あの清水の魔力に依るのだろうか
階下に降りると角坏を抱えた暗紅の肌をもつ廷臣たちが迫り来る
だが それは数千年もの間を壁の中で暮らした影なのだ
明るい光が差し込む
玄関から外にあの大円堂の聳える丘の起伏が見える
エルドレは憑かれたかのごとく 華やかに彩られ四階まで打ち抜かれた柱廊の階段に引き返す
吹き抜けになった柱列の間から小さな庭が覗く
二階の部屋をことごとく調べているうちに 入り組んだ廊下に惑わされ方向が解らなくなる